ジメな人であつた。笑ふこともなかつたし、殆ど、話をしかけるといふこともなかつた。そして、根本君は、まもなく死んだ。
 根本君は何を、なぜ、怒つたか。私はそれを知りたいとは思はない。知る必要もないではないか。どうせ、人は、ヒステリイなんだ。怒りは常に親しい者に、そして、怒りの悲しさは、何とまあ、人の悲しい姿そのものであらうか。力のないセキを落しながら常にトボ/\たゞ俯向いて歩いてゐた根本君は、大いなる怒りが、常に又、その胸に秘められてゐた筈だつた。何ものに向けられた怒りだか、根本君すら分らなかつた筈だ。たゞ、葛巻に向けられた怒りでなかつたことだけは、たしかだ。それは、根本君の青春だつたに相違ない。
 二番目は脇田君。彼は三田の学生であつた。セムシであつた。こんなヒネクレたところのない不具者は珍しい。私達が劇団をつくらうとした時、彼は笑ひながら、俺にできるのはノートルダムだけだ、と言つた。彼は明るく爽やかであつた。彼の葬儀は世田ヶ谷だかの遠い寺で行はれ、私は道に迷ひ、田舎道をぐる/\歩き廻つてゐるうち、もう葬儀が終り、寺をでて帰路を歩いてくる同人諸君に会つた。うらゝかなお天気。おだやかな田
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