学に生きると言ふ。然し、何を書くべきか、私は真実書かずにはゐられぬやうな言葉、書かねばならぬ問題がなく、書き表はさねば止みがたい生き方も情熱もなかつたのだ。たゞ虚名を追ふ情熱と、それゆゑ、絶望し、敗北しつゝある魂があつた。
 あの頃の同人では、あの頃のうちに、もう三人、死んだ。一番目が根本君。彼は葛巻に絶交のハガキを送つたことがあつた。その前夜、根本君のアパートへ同人が集つた。そのアパートは九段下にあり、私達のたむろする三崎町のアテネ・フランセから近かつたので、彼の不在の部屋へあがりこみ(管理人から扉をあけてもらつて)何か雑誌の相談をしたのであつたと思ふ。寒かつたので、押入から根本君の布団をだし、それを敷いて葛巻が、布団をかぶつてゐた。そこへ根本君が帰つてきた。絶交のハガキは我々が帰つたあとで、直ちに書かれたものゝやうであつた。
 ハガキには、絶交の理由は分るでせう、と書いてあつたが、葛巻は分らぬといひ、私も亦、今もつて、分らない。無断で上りこんだのがいけないのか、布団を敷いたのが、いけないのか。根本君は肺病だつた。官吏であつた。力のないセキをしながら、いつもトボトボ歩いてゐる陰気なマ
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