易い。
私があまりアッサリと、動揺は受けませんでした、と言ひ切つたものだから、平野謙は苦笑のていであつたが、これは彼の質問が無理だ。した、しなかつた、私はどちらを言ふこともでき、そのどちらも、さう言ひきれば、さういふやうなものだつた。
今、回想しつゝあるこの年代は、もはや動揺の末期であつた。葛巻を訪れると、昨日中野重治が来たとか、窪川鶴次郎が今帰つたところだとか、私は行き違つて誰に会ふこともなかつたが、地下運動の闘士が金策にきて今帰つたといふまだ座布団の生あたゝかい上へ坐つたこともあつた。葛巻も留置され、私はあるじのゐない部屋でたつた一人徹夜してゐたこともあり、そのとき高橋幸一が警察の外に身をひそめて一夜留置場の窓を眺めつゞけてゐたといふ、驚くべき彼の辛棒力であるが、いつか私の家へ夜更けに訪ねてきたが、私の部屋から光が外へもれ、私の勉強の姿が見えるので、外に佇んで私の勉強の終るのを待ち、夜が明けて私が寝ようとするのを認めて、訪ひを通じたといふこともある。
サーカスの一座に加入をたのむ私であつたが、私のやぶれかぶれも、共産主義に身を投じることで騒ぎ立つことはなくなつてゐた。私は私の
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