ゐた。なぜ私がサーカスの一行に加はりたいと思つたか、私は然し、加はる気などはなかつたのだ。たゞ、そんなことを申しでてみたかつたゞけなのだ。
 血まみれの少女の顔が私にさうさせたわけでもない。私は多少は感動した。然し、大きな感動ではなかつた。大きな感動にまで意識的に持つて行つたゞけのことだ。
 その上、困つたことには、長島に見せるための芝居気まで有つたと私は思ふ。すくなくとも、喋りだしてのちは、長島といふ見物人をしつこく意識してゐた。
 然し、やつぱり、青春の暗さ、そのやみがたい悲しさもあつたのだらう。
「君は虚無だよ」
 長島の呟きは切なげだつた。彼は私をいたはつてゐたのだ。彼の顔はさびしげだつた。愚行を敢てした者が彼自身であるやうな、影のうすい、自嘲にゆがめられた顔だ。
 それは自嘲であつたと今私は思ふ。
 彼は私の前で、又、他の同人に向つても、女に就て語つたことがない。如何なる美女にふりむく素振りもなかつた。ところが、私は彼の死後、彼の妹、彼の家庭的な友人などから、はからざる話をきかされた。彼は常に女を追うてゐたのである。宿屋へ泊れば女中を口説き、女中部屋へ夜這ひに行き、いつも成功
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