る鮮血は、まるでそれもなんでもない赤い色にすぎないやうな気がしたものだ。
美しい少女ではなかつた。然し鮮血の下の自責に対する苦悶の恐怖は私の心を歎賞で氷らせたものであつた。引き起され立ち上つてよろめいて、すぐ駈けこんだ、それを取りまく彼方此方の一座の者の怒りの目、私は絶美に酔つた。
私達は小屋をでて、小屋の裏側へ廻つてみた。楽屋の口らしい天幕の隙間から、座頭らしいのが出てくるのを見たので、私の心は急にきまつた。私は近づいて、お辞儀して、座頭ですか、ときくと、さうだ、と答へた。
私はどもりながら頼んでゐた。私を一座に入れてくれといふことを。私にできることは脚本と、全体の構成、演出だが、その他の雑用に使はれても構はないとつけたした。
私の身なりは、さういふことを申しでる男の例と違つてゐたからに相違ない。私はそのころはハイカラで身だしなみが良かつたのである。彼は訝るといふよりも、むしろ、けはしく私を睨んでゐた。そして何を、と言ふやうに、たゞ二つ三つ捨てるやうにうなづいて、一言も答へず、歩き去つてしまつた。
私はまつたく狐につまゝれたやうな馬鹿げた気持であつた。むしろ不快がこみあげて
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