、五月、五日であつた。私は省線に乗つた。切符の日附のスタンプが5,5,5,と三つ並んでゐたので、忘れることができないのだ。
私は酒をのまなかつたから、カフェーなどといふものへ這入つたことはなかつた。二度か三度、人に誘はれて小さなバーへ這入つたことはあつたと思ふが、こんな大カフェーは始めてゞ、然し午前中のことだから、人の姿は一人もない。何とも陰鬱、邪悪、強慾そのものゝ五十ぐらゐの主人であつた。蛇の感じで、地べたを這つてすりよる感じ、細い目が底光りをたゝへてゐる。きゝとれぬやうな低いしやがれ声で話しかけ、私の目をうかゞつてゐる。
支配人といふのは、このカフェーの支配人のことではない、と言ふのだ。当分はこのカフェーの支配人だが、自分の目的はホテルの経営にあるのだから、やがてはホテルの支配人で、ホテルとそこに所属するバー、それが理想である、と言ふ。
観光事業に趣味があるか、ときくから、口から出まかせに、ある、と答へると、では抱負があるか、述べてみよ、と言ふ。考へてみたこともないのだからこれには全く閉口して、仕方がないから白状に及んだ。
私はホテルの支配人に出世する意志はないのである。私
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