劣りしないね。むしろ、より美しきものである。そのフェースに於て、スタイルに於て、銀座のダンサーだにすらも、かの二百名の美姫にくらぶれば、ああ、だにすらも」
 彼は刺戟性の事物に近づくことが適しない人物のようだ。前後不覚に亢奮しやすい。
 しかし彼の腹心(彼には腹心がある)が、彼のために、こう弁護した。
「彼がここへ来たのは一カ月前です。そのときは、たしかに美人が多かったらしいです。時の一行は概ね逆上的に心酔しておったです。ぼくも、その時、来ればよかったなア」
 予言者は世に容れられないものである。美神アロハも一応予言者ぶったフリをしてみたかったのだ。そこには使徒巷談師というものが現れて、やがてその福音を説くことが定められていたせいらしい。
 一時世に容れられなかったのだ。というのは田ンボのマンナカの一軒屋という高貴の風俗が異教徒どもに分らなかったからである。彼らは銀座にのんだくれて、円タクをよびとめる。
「小岩! いくら」
「千円」
「八百円にまけろ」
 畜生! 円タク代、八百円か! 翌日、恨みをむすんで帰る。オノレ、円タク。異教徒は恨み深い。
 東京駅前から市川行というバスにのるので
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