あとですよ」
「ハア。田ンボのマンナカに工場というのはきいたことがあるけれども、寮とは妙だ。工場がないじゃないですか」
「工場ははるか亀戸にあるそうです。戦時中、ここに何万という(嘘ツケ)工員が白ハチマキをして、住んでおりまして、講堂でノリトをあげて、それより木銃をかついで隊伍堂々工場へ駈足いたしましたそうで」
寮とは妙だ。見はるかす田ンボのまんなかじゃ、白ハチマキの工員さんは、浩然の気を養うに手もなく、もっぱら精神修養につとめなければならなかったろう。戦争の匂いがプンプンする。
それが今や東京パレスである。
さて、東京パレスとは何ものであるか。
まず、講堂ならびに銃器庫とおぼしきあとが、ダンスホールである。この見物料五十円。ティケツ十枚百五十円(このとき見物料不要)。
ホールは広大にして汚い。正面に一段高く七名のバンドが陣どり、それに相対して見物人の席がある。見物席は駅のプラットホームと待合室を区切る柵のようなもので仕切られている。
私がこの柵をまたごうとしたら、子供の整理員が、
「イケマセン。グルッとまわりなさい。ホールの礼儀を守って下さい」
叱ラレマシタ。
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