をひねって、
「たしか、この辺のはずだが」
「君、知らないのか」
「え? ええ。しかし、ここが賑やかな中心地だから、この辺に……」
「とんでもない!」
 私は叫んだ。
「東京パレスは広茫たる田ンボの中にタッタ一軒あるんだよ」
 私は見たわけではない。私は友だち(これも姓名をかくと処罰される)に東京パレスの情景を微に入り細にわたり叙述をきかされているのだ。ギャク/\ゲロ/\という一面蛙の鳴き声を、自動車の速力でものの三分もきいて走らねばならないほど、見はるかす田ンボの中にポツンとある。と、そこに繰りひらかれる絵巻物こそは。まて、まて。もッと、落付いて、語りましょう。
 私はこの殿堂へふみこんだとき、
「ハハア。これは兵営のあとだな」
 と、ひとり合点をした。ひろびろと暮れゆく田ンボ。これぞ兵舎をかこむ練兵場、飛行場のあとである。私がそう思うのもムリがない。この建物は一聯隊の兵舎、銃器庫、聯隊司令部、講堂などに相応し、それ以下のものではない。離れたところに、ちゃんと営倉の建物も残っているではないか。ところが、これが大マチガイで、案内者曰く、
「ちがいますよ。これは精工舎という時計工場の寮の
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