ング」
「あんなの好きなの? あの方がいいわよ。緑のイヴニング。腰の線がなやましい」
隣の女の子がきいた風なことを言う。
「こちらは黒白ダンダラのイヴニングですね。林芙美子先生は緑のイヴニングと」
分別のある兵隊がメニューを書きこむ料理屋の支配人のようなことを言う。そうか。隣の女の子は、林芙美子という名前なのか。銀座の酒場で、かち合った男と女が一緒にきたのである。
「ええッと、石川淳先生は? いい子いますか」
分別ある兵隊が私の隣の男にきいたが、この男は、知らん顔して答えなかった。そうか。こッちの男は石川淳という名前か。
ダンスが終った。
「石川先生を、どうしたらよろしいですか」
と兵隊が心配して私にきくから、
「よろし。よろし」
私は彼を安心させてやるために、いとも自信ありげにこう答えてやった。実際、自信があったのだ。
この人、ええと、石川淳という名前か。この人はあの子が気に入ったなどゝいうことを、コンリンザイ、言いたいけれども、言えないというタチなのである。しかし、巷談師のとぎすまされた心眼には凄味がある。ジッと二百名の美姫をにらんだアゲクに、最も優美豊艶、容姿抜群、
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