話器にしがみついて、殺されそうです、助けに来て下さい、まったく悪いイタズラをしたものだ。
世の荒波にジッとたえて高貴な魂を失うことなく、千代梅の内儀に対しては忠義一途、人々に親切で思いやり深く、人柄としては世に稀れな少年だった。学問はなかったが、歌舞伎の芸できたえた教養があった。
その後私が東京を去り、そのまま音信が絶えていたが、終戦二年目、私が小説を発表し住所が知れると一通の手紙をもらった。
戦争中は自分のようなものまで徴用されてセンバン機などにとりつき、指も節くれてしまったが、それでもお国につくすことができたと満足している。今は誰それの一座におり、何々劇場に出演しているから、ぜひきていただきたい、と、なつかしさに溢れたつているような文面であった。
一度劇場へ訪ねてみようと思いながら、それなりになっていた。
そのうち、上野の杜だの男娼だのと騒がれるようになり、それにつけて思われるのはヤマさんだ。歌舞伎の下ッ端は元々生活が苦しかったものだが、終戦後は別して歌舞伎の経営不振で、お給金はタダのようなものだという。とても暮しがたたないとすれば、ほかに生活力のないヤマさんが自然やりそ
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