けない。ナジミじゃないんだから、耳をそろえて千円払えてんですよ」
「それはなんて店ですか」
「さア、なんてんだか」
男は口ごもっている。巡査はフシギがって、
「今ごろ、まだ営業してるんですか。なんて店ですか。店の者をつれてらッしゃい」
「それがねえ、じゃア交番へ行って話をつけようと云ったら、交番はいけない、とこう云うんです。あんた一人で行ってこい、とこう云うんですよ。交番はイヤだてえんですよ。どうも仕様がありませんや」
「何か品物を置いてッたら」
「ハア。品物をおくんですか」
「品物はおいてないのですね」
「ええ、おいてやしません」
男はビックリしている。新宿の性格を知らないらしい。
男はやがてポケットから百円札八枚とりだした。
「ホラね。ここに八百円、私の持ち合せ全部ですよ。すみませんが、二百円かして下さいな」
妙な話になってきた。全然ツジツマが合わんじゃないか。
小切手は信用できんという。ナジミじゃないから、二百円貸すわけにはいかん。たった二百円まけてもくれず、貸してもくれないほど信用しとらん客を、品物どころか、八百円も小切手も預らずに、お供をつけずに外へ出すとはおかしい
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