って、
「なに云ってやんでい。よろけて、さわったら、インネンつけやがって」
「なに!」
アロハのアンチャン、交番の中でサッと上衣をぬごうとする。
「ヘエ、ヘエ、すみません」
酔っ払いはわざとペコリとオジギして、呂律のまわらぬ舌で、昔どこかで覚えたらしい仁儀のマネゴトをきった。
「スリの現行犯だから、ブチこんどくれ」
とアンチャン連、凄い目をギロリとむいて、終電に心せかれるのか、さッさと行ってしまった。酔っ払いがすぐ釈放されたのは言うまでもない。
なんのために交番へひッたててきたのか、このへんのところはマカ不思議で、わけが分らない。アンチャン方も、何が何やら無意識に、ただもうアロハ的本能で行動していらッしゃるのかも知れない。サッと上衣をぬぎかけたり、サッと逃げたり、アロハ本能というもので、相手が一文にもならなかったり、その場に限って自分に弱味がなかったりすると、相手を交番にひッたてたくなるというアロハ本能があるのかも知れない。
交番へ借金にきた変り種もあった。
さしだした名刺をみると、京橋の何々会社の取締役社長とある。なるほど、しかるべきミナリ、四十ぐらいの苦味走った伊達男で
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