ているのに、そういうところには目もくれず、交番の巡査のところへ話しこみにくる。交番にもたれてタバコをくわえて、ニヤニヤと、ねえ君ィ、などと三十分もうごかない。アッパレな酔っ払いがいるものだ。なるほど交番へ遊びにくるのが一番安全には相違ない。
 酔っ払いの無銭飲食を引ッたててきた酒場のマダムもその傾きがあるが、交番へ人を引ッたててくる人の中には、引ったててくる人物の方がいかがわしい場合が少くないから面白い。交番をめぐる神経、心理というものは微妙にこんがらがったもので、悪党に限って、人を交番へ引ったてたくなるのかも知れん。
 二人のアロハのアンチャン、もっともアロハをきているわけではない、リュウとしたニュウルックのダブル、赤ネクタイの二人づれ。酔っ払った労働者をひッたてて交番へのりこんだ。終電に近いころだ。
「切符を買おうとしていたら、こいつがね、酔っ払ってよろけるフリして、ポケットへ手をつッこみやがってね。ほれ、ここにこれが見えるからね。ふてえスリだ」
 腰のポケットに何やら買物包みらしいものがのぞけてみえるが、酔っ払ってヒョロ/\と足もとも定まらないようなスリがあるものか。酔っ払いは怒
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