。
きいてる私は、なんとも不快だ。この女は全部筋書を立ててやってるのである。巡査は女に案内させて調べに行ったが、もとよりカバンのあるはずはなかった。
巡査は男が女の店へカバンを忘れたと云ってると云ったが、これは巡査のとッさの方便で、男はすべてを記憶していないのだ。どこで飲んだかも覚えていない。あの女の店で酒をのんだ、と云ったりする。牛乳じゃないのか、ときくと、フシギそうに考えこんでしもう。そこでも酒をのみ、そこを出てからよそでも飲み、又戻ってきて牛乳をのんだのかも知れないし、しかし男の記憶は茫漠として全く失われているようである。
客が前後不覚とみてカバンをまきあげ、それをカモフラージュするために、百円の無銭飲食だといって交番へつきだしたのかも知れないし、カバンを盗んだように疑われそうだから交番へつきだしたのかも知れない。状況だけでは、どうにも判断がつかないし、つけるわけにもいかない。
しかし女の態度はいかにも憎たらしいし、作為的だ。そして男のカバンにこだわりすぎる。私が見ていた感じからいうと、女が犯人だとは云いきれないが、犯人の素質は充分にあることだけは確かである。世間にザラに
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