さ。じゃ、百円、あすここへ届けて下さい」
 と悍馬《かんば》のような鼻息で、女はひきあげた。
 ところが、それから二三十分すると、交番の四五間横の駅の玄関の柱に、女が何か大事そうに抱えて、交番の巡査にこれ見よがしにたたずんでいるのである。
 そのフロシキ包みは、ちょうどカバンぐらいの大きさだ。むろんカバンのはずはないが、いかにも疑ってくれという様子で、あまりにシツコく、また、憎々しいやり方である。
 巡査もいまいましがって、女を交番の奥へつれこみ、フロシキの中をしらべると、案にたがわずカバンではない。しかし一計を案出して、
「あのお客がだね。カバンを君の店で矢くした、君の店まではたしかにカバンを持って行ったと言ってる。君を疑るわけではないが、相手が酔っ払いでも、君の店で失くしたらしいと云う以上、一応君の店を調べなければならないから、案内してくれたまえ。君を疑ってるわけじゃないから、悪く思うなよ」
 と、このお巡りさん、年は若いが、なかなか言い方が巧妙である。
「ええ、ええ。そうでしょうとも。あの人がそう云う以上は、調べをうけるのが当然ですよ」
 と、女はまるでそれを待っていたようである
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