の名刺じゃないことが証明ずみなんだから。こちらの方も悪意があるわけじゃない。酔っ払ってカバンを失くしたために払えないことがハッキリしとるじゃないか」
「イエ、ぼく必ず払う。明日の朝七時。ここで払う」
 と男は胸をそらして威張ったが、呂律がまわらず、ヨロメキつづけている。今の約束も明朝忘れているだろう。
 女もこれ以上ガン張るのは不利と見たらしく、
「たった百円ですからね。よろしい。この人を信用しましょう。私は信用してひきとりますから、この人のカバンを探してあげて下さい」
 そう云ったから帰るかと思うとそうでもない。帰りそうにしては、険しい顔をキッと押し立てて、
「この名刺を信用して、ひきとりますが、この人のカバンを探してあげて下さい。たのみますよ」
 今度は男のカバンを探してくれということをシツコク言いだして、いかにもそれも押しつけるように、たのみますよ、とくりかえす。
 その執拗さに巡査も腹を立てて、
「君のカバンでもないのに、何をしつこく頼むことがあるか。君に頼まれなくとも、我々はそれが職務だから、余計な世話をやかずに、用がすんだら、ひきとりたまえ」
「カバンを失くして気の毒だから
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