円である。
「一杯五十円の、二杯ね。お砂糖入り牛乳ですよ。だから、五十円」
女丈夫はお砂糖入りをくりかえし強調した。
男はカバンを持っていたのである。勘定を払う段に、カバンが失くなっているのに気がついた。いくらか酔いがさめかけたのである。しかしまだ全然呂律がまわらない。
「カバンが失くなったから払えない。払わんとはいわん。ぼくはこういう者です」
男は名刺をとりだしたが、ヨロけてフラフラ、ウイッといって前へのめりそうになったり、今喋っていることを明朝覚えているとは思われない。
お巡りさんは名刺と定期券を合せて調べたが、たしかに本人の名刺だ。
けれども女丈夫は承知しない。所持金がないと知りながら、今すぐ払えという激越な口吻だ。つまり上衣か何かカタにとりたてるコンタンらしい。巡査も呆れて、
「たった百円のことじゃないか」
と叱りつけたが、女はひるむどころか、
「じゃ、明日の何時に交番の前で払うと、お巡りさんが証人になって、責任をもって下さい」
と図々しいことを言いだした。勝手に責任を押しつけられてはお巡りさんも堪らないから、
「名刺を貰ってるんだから、信用したら、どうかね。ニセ
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