ノの方には、十字のタスキをかけた犬など完全に一匹もいないのである。そして完全に駄犬用のチョロ/\した安輪を首にかけているだけさ。
 今や大館の愛犬家にとって、ウチの愛犬がケンカをやらかしては、これ天下の一大事なのである。なぜなら、ホンモノの秋田犬は減る一方なのだ。ニンシン率が全然低くなるばかりであるのに、テンパーに弱い。なんとかして、わが愛犬に、またはわが愛犬の種を生ませてお金モウケをしなければならぬ。ケンカしてカタワになっても一大事だし、死んでしまえばすでに天下の終りではないか。
 だから闘犬などゝいうことは、すでに大館には影も形もない思想なのである。また、闘犬ということは、秋田犬本来の性格でもないかも知れない。自分よりも小さな犬は相手にしないという性格には、自分と同格の者も相手にせずにいられる素質を示しているようにも思う。闘犬という習慣と、そういう意識による飼い方が、犬自身には不本意な性格になれさせてしまったのかも知れない。
 二匹のオスを合せると、先に闘志をもやして勇み立って吠えるのと、一向に動ぜず、だまって身じろぎもしないのと、いろいろタイプがある。結局、先に吠える方が弱いとい
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