には恋人であり皇后でもある人の問題も含まれていて、父や兄に味方するか、良人に味方するか。肉親同志の微妙な相続問題や、愛憎問題が主として各天皇史の多くの悲劇の骨子となっている。
神話や上代史がそうなった理由の最大のものは、その国史をヘンサンした側が、直前に肉親の愛憎カットウの果てに兄の子を殺して皇位についているからで、それを各時代の神話や天皇史に分散せしめて、どの時代でもそれが主要な悲劇であり、悲しいながらも美しいものに仕立てる必要があってのことだ。それが記紀ヘンサンの主要な、そして差しせまった必要であったはずである。
赤の他人の天下をとるということは、それほど神経を使う必要のないことだ。赤の他人同志なら勝った方が英雄で、それで通用するはずのものだ。だから日本の古代史だって、恐らく当時のレッキとした王様に相違ないものがクマソとかエミシとか土グモとかと、まるで怪物でも退治したように遠慮会釈なく野蛮人扱いにされて、アベコベに退治した方の側はいつも光りかがやく英雄と相成っているではないか。
むろん統治の方便として、それだけでは済まないから、一応は敵を野蛮人に扱っておいても、同時にその土豪
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