方の悪者退治にだされたというのは、表向きで、実際は兄大碓命が暗示するように、彼はヒダかミノに住み、ヒダかミノの王女と結婚して諸国を平定しつつあった豪傑であり首長であった。古事記の伝えが天皇に殺意ありと云うのは、景行とは血のツナガリなく、実は本来敵として対立する両氏族の両首長を意味するらしいのですが、そのわけは後の方で明かになります。
日本武尊をこういう方と見ると、ヒダに伝わる両面スクナの一生に似てくる。両面スクナを退治したのは仁徳六十五年、武振熊《タケフルクマ》であるが、この人物はその百何十年前の神功皇后時代にも他にただの一度だけ史上に現れて、この時は武内スクネの命令でカコサカノ王《キミ》、忍熊王《オシクマノキミ》の二兄弟を殺している。この二兄弟は仲哀天皇の次に皇位に即く筈のところ、神功皇后は仲哀の崩御を隠して他に知らせず、それは誰か他の人に皇統をつがせる手段らしく思われたので二人の兄弟は反乱を起した。そして兄は山中で赤猪に殺され、(山中で白猪に会ったのが落命のもととなった日本武尊に似ている)弟は武振熊にあざむかれて武器をすてたところを敵軍に追いつめられてビワ潮へ身投して自殺し、長く
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