い行った丹生川《ニウガワ》村の日面《ヒオモ》というところで自動車を降り、スクネ橋を渡って道の幅一尺か二尺ぐらいのキコリ径を谷ぞいに山にわけいる。歩くこと十五分か二十分ぐらい。そこからキコリ径をすてて径のない山腹をよじ登る。この悪戦苦闘、余人は知らず、拙者ならびに同行の大人物は一時間ですよ。
長い間ふりつづいた梅雨がやんだばかり。特に前日は大豪雨でヒダの谷川は出水があった。その翌日だ。両手にすがるべき木の根がみつかると安心ですが、手にさわるものは概ね朽ち木で、つかまると折れたり抜けてきたりで、確実な木の根や枝を見出すのが大変だ。足場にかけた岩まで長雨で地盤がゆるみ土もろともグラグラぬけだす危なさ。案内人が方向をまちがえなかったので助かったのですが、さもないと疲労にくたばって谷へ落ちたに相違ない。途中ロッククライミングが二ヶ所。ここだけ針ガネをたらしてありました。しかしブラブラたれてる針ガネだから握ってもすべるし、岩もぬれてすべる。手も足もかけ場に窮して、一息でも気力を失うと墜死するところでした。
こんな難路とは知りませんから、豪雨の直後という悪条件を考慮に入れる要心も怠り、特別な用意
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