ハ火ニアラズ。火ヨリモ水ニ近カラン。旅行者たる後ダイゴ帝が水にあざむかれ、土着の親分氷鹿がチャッカリ井戸を占領して井戸の中より現れ出でたのは然るべきところであるかも知れません。太古の史家はその表現が巧妙だ。これを健康なる表現と云いますか。水鹿親分は一本には女性ナランとあるね。
 南北朝は元中九年(北朝の明徳三年)南朝の後亀山天皇が北朝の後小松天皇に神器を伝えて、南朝の不和は和解したことになっているが、実はさにあらず、後南朝というべきものがあって、その後も吉野にたてこもり、六十五年がほど抗争していた。
 和解の条件は南北両朝から交互に皇位につく約束であったが、後小松天皇以後への北朝はその約束をまもらないから、五十年ほど辛抱していた南朝方はもはや北朝に誠意なし武力以外に手がないと内裏へ乱入して三種の神器を奪いとり、吉野川の上流、北山村と川上村にたてこもり、南朝の正系たる自天王を擁し天靖の年号をたてて天皇を称した。しかし長禄元年に北朝の刺客がこの村に忍びこんで自天王を殺し、その弟の宮忠義王をも殺した。本誌の昨年正月号に滝川政次郎氏の文章があるから、私がクダクダしく書くには及ばないでしょう。

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