った。お前は誰だと問うたら、国ツ神で名を氷鹿《ひか》という者だと答えた。これが吉野|首《おびと》の祖先だと古事記に書いてある。その井戸が今も残っている。
竹林院という修験道の宿坊が今は旅館になっている。万事アルバイト時代である。そこの名園(?)から竹林派という造庭上の名が起ったのだそうだが、そこのフモトの汚い谷底に神武天皇の昔光ったという井戸があるのである。谷底といったって、吉野の谷には水というものが殆どない。吉野川は岩石山水の美で名高い渓流であるが、これは吉野山の外側をぐるッと一周して大峯山脈から豊富な水を下流へ運んでいるけれども、山を距てた外側のことで、吉野山の内ブトコロには水がない。吉野の町は両側が谷だ。両側の深い谷にはさまれて、下から上へ桜の名所がエンエンつづいているのだが、両側の谷には殆ど水というものがない。地質のせいかね。そこで吉野山の頂上ちかく上ノ千本のあたりに、大峯山脈のドテッ腹から清水をひいてきて水道をつくり、町民はこの水道を飲料に用いている。井戸を掘っても水がでないのだ。
だから、吉野山に井戸水があるということは例外なのだ。清水というものも、甚しく乏しい量で、後
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