臣の性格とは大そう、ちがっている。彼は蔭で教祖を支配している総理大臣ではなくて、熱心な信徒的な性格のようでもある。そうかと思うと現代の教祖総理大臣よりも抜け目のないようなところもあるね。この人間は非常に複雑な、多くの人間のタイプや性格を一人で背負っているようなところがある。時に甚しく単純だから、そうきめてかかると手に負えない。よって何人ものスクネが子々孫々いたのだろうというのは昔の史家にだまされている見方であろう。このへんは歴史をのべているのじゃないね。まさしく神話なのですよ。歴史らしく解釈しようとするのは妙な話というべきだろう。神話がいけなければファーブルでもよろしい。
 しかし、古代史の上ではこれほど大きな怪人物でありながら、建内スクネ古墳と称してウネビに現存するものは大そうチッポケであるし、史上で表現された功績にも拘らず、彼を祀った大神社というものもなく、つまり、歴史にあるが如き建内スクネという大人物の大行跡が庶民の心に深く長く残って敬愛され礼拝されたという形跡の見るべきものが、あんまりないようである。建内スクネが大忠臣、大功臣として仰がれているのは、むしろ現代が最も甚しく、つま
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