、五郎十郎がその仇を討った。事の起りは、五郎十郎方の祖先が悪いのだが、祖先の罪は民衆の感情の対象にはならないのである。祖先と云ったって、五郎十郎でたった三代目、祐経の方は国や財産を盗まれた当の本人だ。それですら、ソモソモのことはすでに民衆の問題ではない。民衆の自然の感情はそういうものだ。常に「今」の問題である。
 今の王様が今の罪によって民衆に裁かれることはあっても、国を盗んだ祖先の罪によって裁かれるということはない。すくなくとも、民衆の感情が自然の状態に於てはそうである。法律だって祖先の罪にさかのぼりやしないね。
 天皇とても同じことだ。しいて万世一系だの正統だのということは、民衆の自然の感情に相応しているものではないのである。ただ原始の、呪術的な神秘思想に相応しているだけさ。歴史的事実としても神代乃至神武以来の万世一系などというものはツクリゴトにすぎないし、現代に至るまでの天皇家の相続が合理的に正統だというものでもない。むしろお家騒動、戦争ゴッコの後の相続が甚だ少くないのである。しかし、そんなことは民衆の自然の感情には問題ではないのだ。かりに熊沢天皇が南朝の血統たるのみならず、徹底
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