させるな。言葉は事実を正しく表現するために用いらるべきであろう。ゴザリスデゴザリス的な言葉から文化は育たない。ただ田舎風の策略が発達するだけである。伊達政宗的な言葉かも知れないね。
 仙台は奥の細道の地であるから、仙台の目貫《めぬ》きの通りの芭蕉の辻というのはそのインネンの地かと思ったら、これが大マチガイなんだそうだね。あの芭蕉には全然関係ないのだそうだ。政宗は密偵を用いることを好み、常時諸方にスパイをさしむけていたそうだ。彼の用いたスパイは山伏もしくは虚無僧であったという。その数あるスパイの中で最も腕のあるのが芭蕉という山伏だか虚無僧だかであったそうな。文字までそッくり俳諧の親玉と同じなんだね。彼は正確な情報を提供して数々の功をたて、政宗に深く愛され、厚く遇せられたが、その功に報いるために、年老いて隠居した芭蕉に、十字路に立派な邸をつくッて与え、その辻を芭蕉の辻とよぶに至ったという。もっとも名スパイ芭蕉氏は松尾芭蕉氏と同じように、そんな賑やかなところはイヤだと山奥へひッこんで出てこなかったということだ。しかし仙台藩では長く芭蕉の功を忘れず、無人の芭蕉邸が火で焼けると藩の費用で再建し、それが明治に至るまでつづいていたそうだ。伝説としては甚だ面白いが、いつも見透しをあやまって後手ばかりふんでいた政宗だから、生涯まちがった情報ばかり受けとっていたようなものだが、名手芭蕉先生の大眼力がどういう情報を提供して功をたてたのかね。たぶん田舎の小大名相手の小競合《こぜりあ》いや火事ドロ的合戦の時の話であろう。
 仙台市の物産は仙台ミソと仙台平であるが、現在の生産高は微々たるものらしい。三十五六万も人口があり、おまけに仙台市に住みきれない勤め人などが周辺の町村に七八万もいるという人口をもちながら、こんなに工場のない都市というのは珍しいのだろうね。ここへ来るまで、こんなに工場なしの大都市があることを私は考えていなかった。
 これを物資の集散地というのかね。また地方官庁所在地かね。むかしは二師団所在地、つい先ごろまでは警察予備隊所在地、東北大学と、宮城刑務所という刑務所中の大物がある。終戦まで共産党はここに入れられていたし、小平はここで死刑になったね。要するに物資だけではなく人間の集散地でもある。したがって土着の市民は集散する物や人のサヤをとって生活しているようなものだ。こういう都市は
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