子供たちと同じように死んでいたら、あるいは自分は今日の機会に求婚して、この人と結婚したかも分らない。ふと、そんなことを考える。そして変に情慾的になりかけている自分に気付くと、思いは再び神尾とタカ子のこと、自分が現にこうあるように、彼らがそうであったという劇しい実感に脅やかされずにいられなかった。
 神尾の長女が学校から戻ってきた。もう、女学校の二年生であった。矢島の娘が生きていれば、やっぱり、その年の筈であった。神尾の長女は、生き生きと明るい、そして、美しい女学生になっていた。その母よりも、さらに生き生きと明るく、立ち歩き、坐り、身をひるがえして去り、来り、笑い、羞恥する目。矢島は、いつもションボリ坐っている妻、壁に手を当てゝ這いずるように動く女、またある時は彼の肩にすがって、単なる物体の重さだけとなってポソポソとずり進む動物について考える。せめて二人の子供が生きていてくれたなら、そしてこの娘のように生き生きと自分の四周を立ち歩いていてくれたなら、そんなことをふと思って、泣き迷しりたい思いになった。にわかに心は沈み、再び浮き立ちそうもなくなって、坐にたえがたくなったので、最後に例の一件
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