社員もみなそうで、当時は紙が店頭にないのであるから、銘々が自宅へ持ちこむ量も長期のストックを見こんでおり、矢島の出征後の留守宅にも少からぬこの用箋が残されていた筈であった。
矢島は妻のタカ子のことを考える。神尾の知人にこの本を蔵しているのは矢島の留守宅だけであり、そして、そこにはこの用箋もあったのだ。
神尾は軽薄な人ではなかった。漁色漢でもなかった。然し、浮気心のない人間は存在せず、その可能性をもたない人は有り得ない。
矢島が復員してみると、タカ子は失明して実家にいた。自宅に直撃をうけ、その場に失明して倒れたタカ子はタンカに運ばれて助かったが、そのドサクサに二人の子供と放れたまゝ、どこで死んだか、二人の子供の消息はそのまゝ絶えてしまっていた。
病院へ収容されたタカ子が実家とレンラクがついて、父が上京した時は罹災の日から二週間あまりすぎており、父に焼跡を見てもらったが、何一つ手がゝりはなかったそうだ。
タカ子の顔の焼痕は注意して眺めなければ認めることができないほど昔のまゝに治っていたが、両眼の失明は取り返すことができなかった。
神尾は戦死した。タカ子は失明した。天罰の致すとこ
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