は先ず疑いがないようだ。
用箋は四つに折られている。すると彼の恋人からの手紙らしい。
矢島は神尾と最も親しい友達だった。それというのも二人の趣味が同じで、歴史、特に神代の民族学的研究に興味をそゝいでいた。文献を貸し合ったり、研究を報告し合ったり、お揃いで研究旅行にでかけることも屡々《しばしば》だった。それはどの親しさだから、お互に生活の内幕も知りあい、友人もほゞ共通していたが、さて、ふりかえると、趣味上の友人は二人だけで、魚紋書館の社員の中に同好の士は見当らない。のみならず、この本は殆ど市場に見かけることのできなかったもので、矢島は古くから蔵していたが、たしか神尾が手に入れたのは、矢島が出征する直前ぐらいであったような記憶がある。
それに矢島が出征するまで、神尾に恋人があったという話をきかない。そのことがあれば、細君には隠しても、矢島にだけは告白している筈であった。
矢島の出征は昭和十九年三月二日、神尾は翌二十年二月に出征して、北支へ渡って戦死している。してみると、この七月五日は、矢島が出征したあとの十九年のその日であるに相違ない。
矢島は社の用箋を持ち帰って使っていた。他の
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