ろだと考えている自分に気づいて、矢島はあさましいと思ったが、苦痛の念はやりきれないものがあった。
タカ子の書いた暗号だという確証はないのだから、まして一人は失明し、一人は死んだ今となって、過去をほじくることもない。戦争が一つの悪夢なんだから、と気持をととのえるように努力して、買った本は家へ持って帰ったが、片隅へ押しこんで、タカ子に一切知らせないつもりであった。けれども、そういう心労が却って重荷になってきて、なまじいに自分の胸ひとつにたたんでおくために、秘密になやむ苦しさが積み重なってくるように思われた。
そのうちに、矢島はふと気がついた。出征するまで、タカ子はいつも矢島の左側に寄りそってきた。新婚のころの甘い追憶がタカ子に残り、ひとつの習性をなしているのだ。
夜ふけて矢島が机に向い読書にふけっている。タカ子が寄りそう。矢島は読書の手をやすめて、タカ子にくちづけをしてやる。そして、くすぐったり、キャア/\笑いさざめいて、たあいもない新婚の日夜を明け暮れしたが、当時から、タカ子は必ず矢島の左側に寄り添うのであった。寝室でも、タカ子はいつも良人の左側に自分の枕を用意した。
新婚は、新
前へ
次へ
全24ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング