に、なぜタカ子の記した暗号があったかということであった。それをタカ子が出し忘れた、否、出し忘れるということは有り得ない、いったん書いてみたけれども、変更すべき事情が起って、別に書き改めた。そして先の一通を不覚にも置き忘れたと解すべきであろう。それにしても、神尾は死んだ。矢島の家は焼けた。家財のすべて焼失し、わずか十数冊残って盗まれた書物の中の、タカ子がたった一枚暗号のホゴを置き忘れた、秘密の唯一の手がかりを秘めた一冊だけが、幾多の経路をたどって矢島その人の手に戻るとは、なんたる天命であろうか。
神尾は死に、タカ子は失明し、秘密の主役たちはイノチを目を失っているというのに、たった一つ地上に承った秘密の爪の跡が劫火《ごうか》にも焼かれず、盗人の手をくゞり、遂にかくして秘密の唯一の解読者の手に帰せざるを得なかったとは! その一冊の本に、魔性めく執拗な意志がこもっているではないか。まるで四谷怪談のあの幽霊の執念に似ている。これを神の意志と見るにしても、そら怖しいまでの執念であり、世にも不思議な偶然であった。
矢島が感慨に沈んでいると、その人は曲解して
「僕も実はタケノコとはいえ愛蔵の本を手
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