べて客を待っている男があった。立ち寄ってみると、すべてが日本史に関する著名な本で当時得がたいものばかりであったから、すでに所蔵するものを除いて、半数以上を買いもとめた。もとめた本の多くは切支丹《キリシタン》関係のもので、書名をきいてみると、明《あきらか》に矢島の蔵書に相違なかった。タケノコ資金に上代関係のものを手放したが、切支丹関係のものは手もとに残してあるから、矢島の旧蔵も十冊前後まであるという話であった。
「外へ持ちだして焼け残ったものを、盗まれたのではないでしょうか」
 と、その人が云った。
「たぶん、そうでしょう。僕の家内はその日目をやられて失明し、二人の子供は焼死してしまったのです。郷里とレンラクがとれて父が上京するまでの二週間、僕の家の焼跡を見まわる人手がなかったのですから、父が焼跡へでかけた時には、すでに何物もなかったのです。僕は然し家内が本を持ちだしたことを言ってくれないものですから、そんな風にして蔵書の一部が残っているということを想像もできなかったのでした」
 然し、こうして、矢島の蔵書が焼け残ったイワレが分ってみると、解せないことは、明に矢島の家のものであった本の中
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