に近かつたので、そこで僕を待ち合してゐた若園清太郎をうながして、奈良原へ戻つたのである。
 然し、この鉱泉で長逗留を試みるには、一応の覚悟がいる。どのやうな不思議な味の食物でも喉を通す勇気がなくては泊れない。尋常一様の味ではないのである。私は与へられた食物に就て不服を言はぬたちであるが、この鉱泉では悲鳴をあげた。若園清太郎に至つては、東京のカンヅメを取寄せるために、終日手紙を書き、東京と連絡するに寧日ない有様であつた。
 又、鯉と茸が嫌ひでは、この鉱泉に泊られぬ。毎日毎晩、鯉と茸を食はせ、それ以外のものは稀にしか食はせてくれぬからである。さて、鯉はとにかくとして、茸に就ての話であるが、松茸ならば、誰しも驚く筈がない。この宿屋では、決して素性ある茸を食はせてくれぬ。
 現れた茸を睨むや、先づ腕組し、一応は呻《うな》つてもみて、植物辞典があるならば箸より先にそれを執らうといふ気持に襲はれる茸なのである。
 この部落には茸とりの名人がゐて、この名人がとつてきた茸であるから、絶対に大丈夫なのだと宿屋の者は言ふのである。夜になると、十五軒の部落の総人口が一日の疲れを休めにこの鉱泉へ集つてくるが、
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