積極的に私に親愛を向けはじめ、私が一向に華々しく応じなくとも不平がる様子もなかつた。
三日目の朝、少女は東京へ帰つた。母が停車場へ送つて行つた。私は目覚めてゐたが、睡つたふりをしてゐた。かういふお別れの無意味な相手をすることは一層面倒であつたからだ。子供は私にさよならの言へないことが苦痛の様子で出発をためらつてゐたが、それは自分の苦しさよりも、私の苦しさを和らげ、母や私を安心させてやりたいためのやうに見受けられた。然し母に急《せ》かされて足りない気持をもてあましながら立ち去つて行く気配が分つた。
家を出かけて暫くすると、然し少女は私の睡つてゐる窓の下へ音を殺した駈歩で戻つてきた。小声でさよならと言つた。暫く彳《たたず》んでゐたが、一言の答へはなくとも、やがて元気よく駈け去つた。私は尚も綿屑のやうに答へを忘れ睡つたふりをしてゐたのだ。子供の感傷に絡み合ふ自らの虚しい感傷が、なんとしてもひたすら面倒くさいものに思はれてゐたから。
私は子供のことなんかそれつきり考へてもみない。女も全く考へてゐない。それからの数日、私達は一向語り合ふこともなく、ただなんとなく茫然と暮してゐたが、決して正
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