をみな
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)異体《えたい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二|尋《ひろ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)つきあひ[#「つきあひ」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)クヨ/\
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 母。――異体《えたい》の知れぬその影がまた私を悩ましはじめる。
 私はいつも言ひきる用意ができてゐるが、かりそめにも母を愛した覚えが、生れてこのかた一度だつてありはしない。ひとえに憎み通してきたのだ「あの女」を。母は「あの女」でしかなかつた。
 九つくらゐの小さい小学生のころであつたが、突然私は出刃庖丁をふりあげて、家族のうち誰か一人殺すつもりで追ひまはしてゐた。原因はもう忘れてしまつた。勿論、追ひまはしながら泣いてゐたよ。せつなかつたんだ。兄弟は算を乱して逃げ散つたが、「あの女」だけが逃げなかつた。刺さない私を見抜いてゐるやうに、全く私をみくびつて憎々しげに突つ立つてゐたつけ。私は、俺だつてお前が刺せるんだぞ! と思つただけで、それか
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