。子供はもう女学校へ間もないほどの少女である。女は子供を棄てたつもりでゐたのだ。子供は母をなつかしんで飛んできた。生憎のことに私と少女と時代物の侘住居でかちあつた。
私は途方に暮れた。少女は私にどういふ感情を懐いてゐるか見当もつかなかつたが、元来私は子供の相手が借金取りの応待と同等以上に苦手で、お世辞の言ひやうがない。
子供が勢ひこんで飛びこんできたとき、女の顔色の動いたのは十分の一秒ほどの瞬間にすぎなかつた。悲しい決意をかためたことが私に分つた。女は私の息苦しさを救ふために子供の愛を犠牲にしたのだ。その労力の大きさは私のどんな苦痛にも匹敵するであらうぞと、私はひそかに考へこんだほどであつた。子供は泣きだした。母は寧ろ強く子供をたしなめた。母の苦しみを思ふと、私は却つて子供を厭ふた。
子供は自分の歓迎せられぬ立場をやがて諦らめたやうであつた。そして私と一緒の母が過去のいつに比べても不幸ではない様子を知ると、寧ろ次第に私に親しみをみせはじめてきた。私の心は常に誰に対しても打ち解けてゐるつもりであるが、進んで人をいたはつたり話しかけたりすることができない。それを見抜くと、少女は次第に
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