《すごみもんく》ではなからうかとヒヤリとしてみたまでのこと。
 かう言へばとて私は愛情に就て述べてゐるのではないのです。それに就て尻切れとんぼの差出口をはさむために私はあまりに貧困だ。(これは又謙遜な!)私はひとつの「悲しさ」に就て語つてゐたつもりなのです。(とは、どうだ!)よしんばそれが諸々のインチキカラクリの所産であつても、それなしにウッカリ女も口説かれぬといふ秘蔵の媚薬。

 私のために家出した女があつた。その良人が短刀を呑んで追ひまはす。女とその妹は転々宿を変えなければならなかつた。私の方でも、男の短刀を逃げてゐるのか将又《はたまた》切支丹|伴天連《バテレン》仕込みの妖術まがひの愁ひの類ひを逃げてゐるのか恂《まこと》にハッキリしてゐないが、これもつきあひ[#「つきあひ」に傍点]の美徳であらう、これは一人で然し相当に血相も変え転々宿をうつしてゐた。
 暫くの音信不通の間に、女は東京を落ちのび、中山道の宿場町に時代物の侘住居《わびずまい》を営んでゐる。私もうらぶれた落武者の荒涼とした心を懐いて宿場町へ訪ねていつた。
 女の妹の不注意から、残してきた子供が母の居場所を知ることになつた
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