当に通じ合ふことはあるまい二人の男女の心に、ある懐しい悲しさが通ひ、そして二人は安らかであつたと述べても、それは子供の訪れのセンチメンタルな出来事にはゆかりのない別のことだ。愛し合ふことは騙し合ふことよりもよつぽど悲痛な騙し合ひだ。そのこと自体がもう大変な悲しさではないのか!

 そのこと自体が悲しさだと? 言はしておけばつけあがり思ひきつた神がかりの凄文句をぬかす奴だが、そこで、と貴殿はひらきなほり、そのセンチメンタルな情景を、さてまた何の魂胆あつて書いたんだと仰有《おっしゃ》るか? なんのことだ、そのこと自体の悲しさもないもので、一ぱし大人の口をきいてもそれがもう即ち馬脚の正体で、御神託の「悲しさ」ももはやお里が知れきつてゐる。今更口をつねつてもそのセンチメンタルなペーソスが結局お前の悲しさなんだと、かう仰有る。それが媚薬の言ひ訳けなのか! さては又むごい別れの勇気もない臆病な心の言ひ訳けなのか! かうも仰有る。
 よし分つた! 一々貴殿の言ふ通り私は丹波の神官だ、臆病者だ、助平だ。然し一言言はしてくれ! そのセンチメンタルな情景は、今のさつきふと気紛れに思ひついたまでの話で、小説
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