。私は子供の時から日本海へとびこみ、この海で、又、砂浜で、身体をねり運動神経を発達させたので、馬鹿の一つ覚えといふからそれから二十何年もすぎたこの期に及んでも身体の訓練といふことを思ふと古巣へ戻つて鍛へようといふ頭の働きにもなるのだが、又一つは、知らない土地では食糧がない、新潟は穀倉などゝいふ通り、三ヶ月ぐらゐ居候をしても誰も文句を言はぬぐらゐ米があるのだ。
 朝、昼、夕、三度づゝ海へ行く。雨が降つても、低気圧襲来大暴風雨狂瀾怒濤といふ時でも、風をひいて熱があつても出掛けて行くので、人ッ子一人ゐない狂瀾怒濤にくる/\まかれたり、ぐい/\引きこまれたり、叩きつけられたり押し倒されたり、あまり気持のいゝものではないが、他日輸送船がひつくり返つてみんな死んでも自分だけ助からうといふ魂胆だから、かうして人ッ子一人ゐない暴風雨下、暗澹たる空の下に、波にくる/\まきつけられて叩きつけられてゐると、いつたい外の日本人は自殺するつもりなのかな、と自分だけひどく頼もしくなつてくるほどだ。いゝ年をして、と笑ふなかれ。四十五十面さげて二等卒で召集される、それが戦争の現実ではないか。
 この新潟の海には、昔、
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