29[#「29」は縦中横]がひどくスマートな銀色をピカ/\させて飛んでゐるといふのに、地上の日本は戦国時代の原始へもどつて、生き残る訓練だといつて、大谷石に武者ぶりついてゐる。環境が退化すると四十年間せつせと勉強した文明開化の影もなく平然と荒川熊蔵になり下つて不思議がつてもゐないので、なぜに又十五貫の大谷石に武者ぶりつくかといふと、決して物を担いで逃げようなどゝいふサモしい量見ではないので、物はドラム缶に入れて地下に隠してある、逃げる私は飛燕の如く身軽なのだが、穴ボコに隠れて息をひそめてゐて、爆風で穴がくづれた時に外の人間が圧しつぶされても、私だけはエイエイヤアヤッと石や材木をはねのけて躍りださうといふ魂胆。六月始めから終戦まで訓練おさ/\怠りなかつたのだから大したもので、近所の連中は気が違つたかと思つて呆気にとられてゐるが、私は心に期するところがあつて俗人共を軽蔑してゐる。
 私がこゝまで落ちぶれたのも仕方がない。近所へ落ちた爆弾のために防空壕の七人が圧死したことがある。見渡す焼野原にも雑草が生えかけた頃で、もう人間の死んだのなどは誰も珍しがりはしない。私がたま/\手紙をだしに行く途
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