六日間はたいがい碁会所で碁を打つてゐる。けれども日本はもう駄目だといふことは私のやうな者の目にも先づ明かで、やがて日本は廃墟となる、その中で否応なく立籠らねばならないので、軍部の一ツ文句ではないけれども最悪の事態環境の中で困苦欠乏にたへる精神でなくて私の方の考へでは肉体が、ともかく最後まで生き残りうる条件だと考へた。
私は二ヶ年つゞけて海へ入りびたつたので、夏になると水へもぐりたくて堪らない。けれどもその年はともかくレッキともしてゐないが会社員であり、すでにサイパンも落ち、日本中の人間みんな学生女生徒まで工場へ住みこんだのだから、この年ばかりは海水浴の人間などは国賊になりかねない時世になつてゐるのだ。もはや新潟の海で泳ぐわけにも行かないから、そこで私は一法を案出した。
お風呂へ水をみたして、一日に十ぺんぐらゐ水風呂へつかるのだ。もぐる一瞬間は苦しいが、もぐつて五六分ジッとしてゐると、なんとも爽快なもので、これに馴れると、温浴がいやになる。兄の一家が工場疎開でゐなくなり、その留守宅に私が一人で住むことになつて、この水風呂は燃料もいらず、時間もかゝらず、至極いゝ。秋になつた、九月になつ
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