ならないのだと言つてゐます。いつ反乱が起るだらうかといふことは、宿場々々で、必ず五人や十人の人々が噂してゐるではありませんか。もし諸国の切支丹が力を合せて反乱するなら、異教徒の大名どもまで騒ぎ立ち、悪魔の将軍は亡びます。そのとき諸国の切支丹が聯合して異教徒の大名どもを屈服せしめ、そしてもし切支丹の将軍ができるなら」
四郎の眼にはすでに王者の確信があつた。ふるさとの答へる声がきこえてゐる。絶対の王者。その威圧に圧倒せられた最初の人は、父親甚兵衛であつた。
甚兵衛父子が大矢野島へ戻つたのは、冬の始めの降誕祭《ナタル》に近い頃だつた。八ツの年に神童の名を残したまゝ長崎の二官の店へ去つた四郎が六年ぶりでふるさとへ戻り、その聡明な商法によつて巨大な富を得てきたといふ風聞は島民たちの人気をわきたゝせた。けれども、実際に四郎の美貌や綽々《しやくしやく》たる態度に接した人々は、風聞の上に確信を添へて、無いことまでも誇大に断言するのであつた。そして、四郎の顔がサンタ・マリヤに似てゐると気付いたときには、四郎の通る道ばたに土下座して拝むことを誇りとする女達まで現れてゐた。
サンタ・マリヤ。それは日本
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