の宇土で主家の没落を迎へた。出発前に軍記をあさつて関ヶ原の地形だけは心に控えた甚兵衛だつたが、似た山ばかりで、どれが主家の陣地を構へた天満山やら、それすらもしかと分らない。たゞ伊吹山は静寂な姿を横へ、敗残の身を山中にさまよふドン・アゴスチノ行長を思へば千丈の嗟嘆あるのみ、踏む足毎にはらからの白骨に当る思ひであつた。
「この草も、木も、屍に生えたものなんだな。四郎よ。強者共の鯨波《とき》の声、馬蹄のひゞき、剣の触れ合ふ音までが、きこえるやうな気がするわい。思へば無念なことだ。ドン・アゴスチノ様がお勝ちになつてゐたならばな」
「さうすれば、三ツのルシヤも、四ツのマキゼンシヤも火に焼かれては死にますまい」
「なに?」
四郎の眼はうるみの深い熱気によつて燃えてゐた。その唇は無限の訴へにふるへ、祈る眼で父を見つめた。
「出発の朝パードレ様の仰有せられたお言葉が耳にきこえてゐます。私たちは勝たなければなりませぬ。異教徒どもを亡ぼさなければなりませぬ。江戸の街で人々が噂してゐました。将軍家光は癩病で狂ひ死《じに》に死にました。けれども諸国の大名が反乱を起す気配があるので、生きたふりをさせておかねば
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