、二年ぶりで見るなつかしい港、四郎に別れて丘の藪をかきわけながら、口笛を吹き、枯れそめた木々に呼びかけてゐた。金鍔次兵衛神父様の御帰還だ。さア、新しい闘争が、この丘で、また、始まるぜ。忘れ得ぬ捕吏の顔まで、友達のやうに思はれるのだ。
 一年の歳月が流れ、再び秋が訪れて、商品を売りつくした四郎父子はやうやく帰途についてゐた。
 異郷の空で日毎に見知らぬ顧客に対して、歓心をひき、計算し、秘密な心理の勝敗を意識しつゞけた四郎は、急速に特異な発育をつゞけてゐた。医者が患者を見るときの物質的な冷めたさが、人に対する彼の心の底面積になつてゐた。それが全て人々の賞讃から得た果実であり、人の世の平凡、常識、低俗に、虚無的な退屈を負ふた。すでに彼は十四にして断崖に孤絶し、足もとの奈落を冷然と見て、遠いふるさとに呼びかけてゐた。絶対の王者。呼べばすでに答へがきこえる。彼は聖処女の山師であつた。
 彼らは大垣の宿をでゝ、南宮山を眺めながら関ヶ原を歩いてゐた。たゞこの古戦場を見るために帰りの旅に陸路を選んだ甚兵衛は感無量であつた。小西行長の祐筆《ゆうひつ》の家に生れた彼は幼少のため関ヶ原の合戦に参加せず、故郷
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