の眼前にひらかれてくるだらう。それはな、世の中がこのまゝであつてはならぬといふことだ。旅にでゝ、異教徒どもの世の中、奉教人の許されぬ世の中が、どのやうな汚れにみちみちてゐるか、良く見てくるがよい。世の中がこのまゝであつてはならぬといふ御主の声がお前の耳にひゞくであらう。その日その時を忘れるな。そしてそれからお前が何を考へるか、お前の口からきく日まで、私はそなたの旅の帰りを何よりの楽しみに待ちかねてゐよう。さア、人々が待つてゐる。お前はでかけて来るがよい」
次兵衛の胸ははれてゐた。彼は美しい少年を見てゐるうちは安心しきつてゐられたし、やがては彼のもとに戻り、同じ運命を辿るであらうといふことを信じることもできるのだ。夜明けの冷めたさが彼の壮烈な活動力を気持よくなでゝゐた。するともはや彼は瞬時もとゞまりがたい活気のために幸福でいつぱいだつた。この町、あの村に残して行つた信徒たち。もし彼らが殉教をまぬかれて生きてゐたら、苦しみを分ち、新しい勇気を与へるために、次兵衛は希望の豊かさに満足した。彼の三十四の肉体は流浪の生活に衰へを見せぬばかりか、その感情は二十の若さから全く老けてゐなかつた。あゝ
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