悪魔の臭覚をもつてゐた。彼の魂は昏酔し、恍惚として肉体の上を遊楽した。孤絶せる魂に恋はない。毒血の麻薬的な明滅だつたが、この少年を自己の運命の圏外へ手放すことに異常な恐怖に襲はれた。
 四郎はかゝる不自由な身動き、否、全然予期せざる身動きが自然に流れでゝ行くことを曾て記憶にとゞめてゐなかつた。それは娼婦がその正体を見抜いた人に接した時に自然に動く媚態であるといふことに気付く筈はなかつたが、彼はいくらか困惑し、意識の底では訝しげに眉をひそめてみるのであつたが、その顔色は益々冴えるばかりであつた。彼は次兵衛が怖かつた。そして次兵衛に傾倒した。
 翌朝、次兵衛はまだ夜の明けぬうちに目が覚めた。朝ごとに訪れる怒りと悔恨が、その日は特別ひどかつた。彼は不快な夢を見た。夢の中では捕吏や役人と談合し、その歓心を得るために卑屈に振舞ひ、数々の卑劣なことをするのであつた。この安らかな蒲団の奴が、と彼は蒲団をはねのけて腰のヂシビリナ(鞭)を握りしめたが、わけの分らぬ絶望のために放心し、両手に顔を掩《おお》ふてゐた。まだ街はねむつてゐたが、二官の家では四郎父子の出発のために立働く音がしてゐる。彼らはこの蒲団
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