ことを急ぐのだ。
 すべてそれらの大人達の愚かさを四郎は別の角度から見抜いてゐた。彼らは正直で狡猾で一定の複雑な内容を持つてゐるが、発育の止つた身長と同じやうに全てがすでに限定せられて、要するに使役に馴らされてゐるといふことだつた。自分を常に大人達のその上に置いて、彼は絶対の王者を夢み、やがて確信しはじめた。
 彼らが商品を船に積みこみ明朝出発するといふ前夜のことだが、その晩長崎の二官の店では四郎父子を主賓に小さな饗宴がひらかれてゐた。そのとき飄然訪れたのが金鍔次兵衛で、彼は江戸から逃げ戻つて、長崎の二官の店へ辿りついたところであつた。
 逃亡と潜伏、死の戯れの半生に次兵衛の魂は孤絶したが、孤絶せる魂には死生も亦たゞ退屈にすぎず、魂の結び目をとく何物もなかつたけれども、たゞ人間の肉体、容貌の美といふことが異常な刺戟になるのであつた。彼は九ツのそして十のヒエロニモの目覚めるやうな可憐さを忘れる筈はなかつたが、今眼前に再会した十三のヒエロニモは処女よりも清く美姫よりもなまめかしく、そして全ての効果を意識した利巧さが娼婦の本能であることをどうして次兵衛が見逃さう。彼は美なる肉体の猟犬であり、
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