、私の身体にあわく映つてゆれた。赤熱した空気に、草のいきれが澱んでゐた。昆虫は飛び去つた。そしてその煽りが鋭く私の心臓を搏撃《はくげき》したやうに感じられた。太陽のなかへ落下する愉快な眩暈に、私は酔ふことを好んだ。
 長い間、私はいろいろのものを求めた。何一つ手に握ることができなかつた。そして、何物も掴まぬうちに、もはや求めるものがなくなつてゐた。私は悲しかつた。しかし、悲しさを掴むためにも、また私は失敗した。悲しみにも、また実感が乏しかつた。私は漠然と、拡がりゆく空しさのみを感じつづけた。涯もない空しさの中に、赤い太陽が登り、それが落ちて、夜を運んだ。さういふ日が、毎日つづいた。
 何か求めるものはないか?
 私は探した。いたづらに、熱狂する自分の体臭を感ずるばかりだつた。私は思ひ出を掘り返した。そして或日、思ひ出の一番奥にたたみこまれた、埃まみれな一つの面影を探り当てた。それは一人の少女だつた。それは私の故郷に住んでゐた。辛うじて、一、二度、言葉を交した記憶があつた、私が故郷を去つて以来――十年に近く、会ふことがなかつた。今は生死も分らなかつた。しかし、掘り出した埃まみれな面影は、
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