不思議に生き生きと息づいてゐた。日数《ひかず》へて、私は、その面影の生気と、私自身の生気とに区別がつかなくなつてゐた。私は追はれるやうに旅に出た。煤煙に、頬がくろずんでゐた。
私はふるさとに帰りついた。
ふるさとに、私の生家はもう無かつた。私は、煤けほうけた旅籠屋《はたごや》の西日にくすんだ四畳半へ、四五冊の古雑誌と催眠薬の風呂敷包みを投げ落した。
雪国の陰鬱な軒に、あまり明るい空が、無気力や、辛抱強さや、ものうさを、強調した。鉛色の雪空が、街のどの片隅にも潜んでゐた。街に浮薄な色情が流れた。三面記事が木綿の盛装をこらして……。私はすでに、エトランヂェであつた。気候にも、風俗にも、人間にも、そして感情にも。私は、暑気の中に懐手《ふところで》して、めあてなく街を歩いた。額に、窓の開く音が、かすかに、そして爽やかに、絶え間なくきこえてゐた。その音は、街路樹の睡つた、しづかに展ける一つの路を私に暗示した。それは如何なる寂しさにも、私に路を歩ませる力を与へた。私は疑ひ深い目で、行き交ふ全ての女を見た。行き過ぎてのち、あれがその人ではないのかと、半ば感情を皮肉るやうに、私は常に思ひ込もう
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